私の故郷は、熊本県植木町。表紙の写真は、
地元の田原坂公園です。日本最後の内戦、西
南戦争の最大の激戦地であり、勝敗を決する
ような戦いでした。
この西南戦争は、明治10年、鹿児島の陸軍
大将 西郷隆盛が新政府に対して起こした戦い
です。西郷さんを中心とした薩摩軍に対して、新
政府軍も西郷従道、大山巌などの兄弟・親族といった薩摩軍が中心に構成され、
骨肉の戦いとなりました。新政府軍には、戊辰戦争で幕府軍側に付いた会津軍
なども加わり、イベンジに燃えました。
鹿児島を出発した西郷軍は、熊本城で籠城した谷干丈と激突。新政府軍が
福岡より南下し、植木を中心に防衛ラインが引かれます。写真上部には鹿児島
本線が通っています。きっと、この坂を上ってきたのでしょうね。
▲田原坂公園
3月、この田原坂の攻防が最も激しい戦いとなります。「雨は降る降る、人馬
(じんば)は濡れる、越すに越されぬ田原坂」という田原坂の唄が、この激戦を
物語っています。なかなか越せなかったのは、政府軍。2番の「右手(めて)に
血刀、左手(ゆんで)に手綱、馬上ゆたかな美少年」に唄われる美少年とは、
大久保利通と同等に評価が高かった村田新八の長男(15歳)と言われてい
ます。幕末・明治初期の時代に日本を動かしていたのは、10歳代~30歳前
後の若い人たちの熱い志しだったのでしょうね。
▲美少年の像
小学生の時、先生に引率され、サイクリングに来た記憶があります。きっと
歴史のお話を教わったのでしょうが、全く覚えておりません。この頃は、遊ぶのに
夢中で、歴史には興味がなかったのでしょうね。さて今宵は、歴史に思いをはせ、
美少年を杯に一杯やりますか。